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クルミドの夕べ ~カフェ経営学3~

6月13日(月)



バーブティー



前回に引き続き、クルミドの夕べというのに行ってきました(クルミドコーヒー http://kurumed.jp/)。

前日に申し込んだところ、キャンセル待ちでなかり後悔しました。

しかし、開始1時間前くらいに席ができたということで喜んで行ってきました。


今回はカフェの経営学1+2の続きです。

テーマは、ある程度利益が上がるようになってからのこと(2期:091127~110608)と、これから(110610~)のことが中心でした。

またへーとかほーとか言ってたんですが、特に考えさせられたというか、考えさせて頂いた部分を書いていきます。


○もうひとつの経済、からの?

「何を守りたいのか」


お店の中にいっぱいある殻つきのクルミ。

国産品にこだわっているということでお値段も輸入品に比べて割高。

値段と品質を考えるだけでも、どっちがいいとか一概に言えないかもしれませんが、それ以外にもどっちを選ぶかの変数ってたくさんあるのだなぁと思いました。


クルミの収穫時期は秋頃ということで、日本のくるみ生産量日本一の長野県東御市に収穫(体験?)に行ってきたそうです。

クルミの収穫方法、知ってますか?

竹ざおで叩いて落として、拾って、剥いて、洗って、かわかして・・・

という手順を踏むそうです。


一方、世界的な産地であるカリフォルニアはどうか。

ツリーシェーカーっていうハサミのついた車みたいなのを木にくっつけてわっさわっさ揺らす、スイーバーっていう掃除機みたいなんで一気に集める。

http://www.youtube.com/watch?v=EmZk-Lwl2Ukに一部映像が出てきます。アーモンドの収穫かもしれませんが、大差ないですきっと。


圧倒的な規模・効率性の違いから当然お値段も変わります。

東御:3000円/g
カリフォルニア:1000円/g


商品として手に取るクルミとその対価は表面上2000円の差があります。

でも、東御の収穫の様子を思い浮かべてみると、楽しそうですよね。

語らいながら、たまに休憩してお茶飲みながら、隣の畑のぶどう食べていいよとか言われながら(収穫体験しにいった場合の経験)。

農薬どばーっとかけられたわけでなく、船で大量に輸送されることもなく、顔を見た人が生産した人のクルミ。

その分の2000円なら・・・

と思えなくもないですね。

元外コン、VCの人が言うと色んな意味でへ~って思いますよね!



クルミドコーヒーに置いてあるのはそういうクルミのようです。

まぁタダで食べられるのでそんなのどうでもいいじゃないですか。

それから、国産と外国産のクルミの味がはっきりどうとかわかるほどクルミ食べてる人とかたぶんそんなにいないじゃないですか。


だからクルミの値段がどうのこうの言いたいのではなくて、こういう態度の人がこのお店を作ったんだというです。

クルミに多少なりとも由来のある人が(バックグラウンド)、店に置くクルミに質以外にもこだわり(価値観)、それをお客さんにお話する(直接伝える姿勢)。

こういう人のお店か!

他にはどんなこだわりがあるんだろう、秘密があるんだろうとか好奇心が高まりますね。


僕は財政難(笑)なので、クルミドの夕べのある日・時間帯しか行ったことがありません。

でも、他のタイミングでも一度伺いたいものです。


○いい仕事とは

一度これがテーマの会もあったみたいです。

この話を伺ってなるほどなぁと思いました。


仕事には目に見える成果物がありますよね。

カフェならコーヒーとか。

でも、それは一角に過ぎず、たくさんの背景がある。

その背景が何層かのレイヤーにわかれていて、そも最も奥にある部分まで感じることのできる仕事は他と違う!

という話です。


図式化するとこんな感じです。


もの ⊂ 知識・技術 ⊂ 考え方・価値観 ⊂ ありよう・存在


おいしいものがある。

それを支える知識・技術がある。コーヒーで言えばどこ産の豆とか焙煎の方法とか。

それが生まれる考え方・価値観がある。フェアトレードの豆しか使わないとか、水出しで飲んで欲しいとか。

そうなっている納得感がある。ああ、こういう「人」がこんなコーヒー出してるのかとか。


クルミドコーヒーで言えばさっきのお話+前回の記事から、僕なりに納得感がありました。

納得感からずれてることで面白味が生まれたりとかあるかもしれませんけどね。



○某サークルのレビュー


上の話、僕は大した仕事(広義)はできないなぁ、とつくづく思いますが、どうすれば大した仕事ができるのかたまに考えます。

特に、サークルでバンド活動するときには毎回悶々します。


いい演奏(聞いてる人にとって)って何だろう。

難しいのにすごくそろっている演奏とか、変な空気の演奏とか、頭振りたくなうような演奏とか、一緒に歌いたくなるような演奏とか。

色々想像してみますが、聞いてる人それぞれ求めるものは違うのか一緒なのかよくわからんし、どうすればいいんや!

と折れます。

それでも、最低限はきちっとやらなあかんよな(技術面)とか、ここはこんな雰囲気が出るように演奏しよう(考え方)とか色々やってみます。

そのために個人としては基礎練習したり(上手くないです)、ワード10枚で1曲1曲ここはこうして欲しいとか書いてみたり、手紙書いてみたり、曲とかアーティストへの思いを公開してみたりするわけです。

けどなんというか、もちろんそれぞれをきちんとしたらしたで素敵な演奏になるのかもしれませんが、自分は不十分と自覚した上でも足りない。

演奏に関わるもの以前に醸成されてきた個人に何かあるんじゃないかなぁ、と思うことがありました。


ほんとうによかったよ、なんて目を若干潤ませて言ってもらえることは滅多にないですが、稀にあります。

そういうときは演奏も他のときよりはまとまっているにしても、それ「も」重要だった。

なんとなく、ああ、この人たちが演奏しているのだなぁという漠然とした感覚が伝わったかもしれないと感じます。


そういうことを思い出しながら先日のサークルのライブのレビューを読むと、このレビュー(http://www.ikkyo-fsc.com/cgi-bin/bbs_2/bytktk2011.cgi?a=view&topic_id=1307351966)の8番目くらいに書いている彼の言葉にこっくりこっくり頷きました。


自分のありようとか、存在を常々言葉にしするのもなんか野暮ったいですが、たまに意識的に形にすることもよりより仕事をする上では大事なのかなと思ったのでした。







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